 鍵田・佐藤両氏による「曽根崎心中」 Hiroyuki Kawashima |
2004年のヘレスでのフェスティバルでマミとヒロは初の日本人参加者となった。その作品「曽根崎心中」は日本の歌舞伎をフラメンコで表したものだ。緻密な舞台構成により徳兵衛とお初の悲しくも美しい恋を描いたものだ。日本では文化庁芸術祭優秀賞なども受賞している。
「曽根崎心中」は音楽においても振り付けにおいても、モダンダンス、コンテンポラリーダンスの要素を欠くことなく、フラメンコと“日本”を融合させた作品ですが、この創作のプロセスはどのようなものでしたか?アイデアはどのように湧いてきたのでしょうか。
フラメンコに最大の敬意を払いながら、カンテとギターに導かれてフラメンコのバイレが生まれた歴史をたどるように、奇をてらわず純粋に阿木燿子氏の歌詞と、宇崎竜童氏の音楽に感応し創作を行いました。
創作フラメンコを振り付けするに当り、日ごろ培ってきた技術をもとに、その登場人物の心情から生まれる、必然性ある振りを創るよう努力します。こう動かなければ、こう踊らなければならない、というような衝動を捜し求めます。こうして生まれた舞踊は、時として、とてもフラメンコの振りとは程遠い、ほかのジャンルにもない振りが生まれます。しかし、それは先に述べた、純粋なフラメンコを踊るときとまったく同質のものです。
私たちにとって創作、創造とは、新しいもの、革新的なもの、ではなく「すべての魂の帰結する」または「すべての魂が誕生する」ところから発する、私たちのまったく個人的な表現による再創造です。
フラメンコという“言語”を通して、徳平とお初の悲劇的かつ情熱的なストーリーを十分に表現することができますか。
十分に表現できます。またフラメンコの表現形態でしかできない必然性を持っています。
日本語でのカンテという手段をとられたのはどうしてですか?少し冒険だとは思われませんでしたか?評判はいかがでしたか?
確かに大きな試みではありましたが、まず日本で上演する場合にはお客様にきちんと理解をして、舞踊と音楽の同時性を体感してもらうことがコンセプトでした。また、日本語で歌うことは日本人のフラメンコの追求でもありました。ヘレスで行う場合はその言葉が逆に障害になるのですが、日本語で歌うカンテが言葉の意味を超えて、カンテ大国ヘレスの観客にもその情念が伝わることを信じ、挑戦いたしました。結果、物語の理解を高めるためにナレーションを劇中に入れたのですが、その必要性がないぐらい日本語のカンテと踊りだけで十分に理解と感動ができたとご好評いただきました。
日本においてこの「曽根崎心中」にはどのような反響がありましたか?
初演では文化庁芸術祭優秀賞をいただきました。また3回の再演を重ね年を追うごと
に公演規模も大きくなり、今年も1週間の公演と、 曽根崎心中発祥の地、大阪を含む全国ツアーがあります。このように多くのお客様よりご好評をいただいています。
日本人がフラメンコを理解するのは難しいことですが、日本でのフラメンコ公演は大成功をおさめました。. |
「曽根崎心中」は2004年ヘレス・フェスティバルでも上演された作品です。おそらくスペインで開催される一流フェスティバルでデビューした初めての海外カンパニーだと思われますが、観客の反応、批評をどのように受け止められましたか?
日本では経験したことのない、場面ごとの大きな拍手をいただき、上演中から確かな手ごたえを実感しておりました。カーテンコールでは観客の皆さんの盛大なスタンディングオベーション、中には涙を流している方も多く見られました。翌日の新聞ディアリオ・デ・ヘレスでは一面記事でその模様が伝えられ、その公演評はまさに望外な絶賛の内容でした。
「曽根崎心中」またはその他の“Mami & Hiro”の作品がフェスティバルの一環をこえて、再びスペインで上演されるという可能性はあるのでしょうか。
「曽根崎心中」は積極的にプロモーション活動を行っておりますが、作品が美術、照明、衣装など大規模なため、まだ具体的には決まっておりません。
昨年、文化庁芸術祭大賞を受賞したプーロ・フラメンコの作品、「ARTE Y SOLERA~歓喜~」を今年11月6日ヘレスのヴィジャマルタ劇場での公演が決定しました。そのほかセビージャなどでの公演も計画中です。
日本におけるフラメンコ界では、プロとしても“Arte y Solera”での指導者としても非常に認知度の高いお二人ですが、どのようにフラメンコと出会い、フラメンコ界に入られたのですか?
鍵田 日本女子体育短期大学舞踊科に在学中の授業でフラメンコに出会う。
佐藤 アントニオ・ガデスの映画「血の婚礼」を観て衝撃を受けて。
フラメンコをについてどう思われますか?お二人にとってフラメンコとは?
フラメンコは、独特のヒタ―ノの生活文化(特有の言語等)に起因する、同じスペイン人でも理解しにくい密室性があります。いわんや私たち日本人が、このフラメンコ芸術と、真に魂の会話をすることは、大変難しいと言わざるを得ません。
私たち、まったくの東洋の外国人は、この壁を乗り越え、日ごろの研究と鍛えた身体を媒介に、必然性のある踊りを求め、「スペイン人のように感じて」ではなく、フラメンコの精神、カンテの心を、常に自分の裡にあるものと向かい合わせ、嘘の無い、真実の魂を表現できるように、日々精進しなければなりません。
逆説的ですが、この厄介で難解なフラメンコ、その深淵に沈潜すればするほど、私たちの踊りは、どんどん自由になっていくのを感じます。それは、やはりどの芸術もそうですが、その奥深くには、究極の、まったく自由で宇宙に解き放たれた生命賛歌があるからです。そこを獲得すれば何も怖いものはありません。
お二人のフラメンコの“師”はどなたですか?(アーティストとして崇拝するという観点からでも、フラメンコを指導するという観点からでも)
 舞台でのマミ&ヒロ Hiroyuki Kawashima |
鍵田 佐藤桂子・山崎泰
佐藤 鍵田真由美
趣味、演劇、指導、カンパニーなど、現在の日本フラメンコシーンは、どのようなものですか?
大変な降盛期だと思います。
かなり以前から、スペインではフラメンコの将来と、他の音楽とのフュージョン(ニューフラメンコと呼ばれるジャンル)についての論争があります。フュージョンは昔からのフラメンコを駄目にするだろうという意見もあれば、ニューフラメンコはひとりでに消滅するだろうという意見もあります。お二人の考えをお聞かせください。
ニューフラメンコと呼ばれるものはその時代なりの花として咲くようなもので、美しくともはかなく、いずれ枯れることは必然です。ただ、その対比として昔ながらのフラメンコの重要性がまた浮き彫りになるのも事実です。決してそれ自体が純粋なものを損なう原因だとは思いません。それよりむしろ、スペイン、アンダルシア、そしてヒターノの生活自体が、昔フラメンコを育んできた環境とは激変してきているその生活様式の変化が遠因だと思います。
“Mami y Hiro”の現在の活動は?
日本、スペインでの公演活動、日本でのフラメンコ指導などです。
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