 モレンテのアルバム「スエニャ・ラ・アランブラ」のジャケット
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アルハンブラ宮殿(グラナダ)がエンリケ・モレンテのニューアルバムの主役となる。9月下旬に発売される予定だが、モレンテ自身の手による作品が収録され、すべてはアルハンブラ宮殿にまつわるもの。フアン・アビチュエラ、イスラエル・ガルバン、ブランカ・リーなどフラメンコアーティストのみならず、フラメンコ以外の分野からもウテ・レンペル、パス・メセニーがコラボレーションしている。
エンリケ・モレンテのニューアルバム が発売間近。その名も「モレンテ・スエニャ・ラ・アランブラ(モレンテがアルハンブラを夢見て)」。13~14世紀のナザレの王の住まいであった美しい宮殿「ラ・アランブラ」のドキュメント映画のオリジナルテーマのために作られた。
言葉を換えればアルバムはエンリケ・モレンテにより丹精に作られた10粒の真珠からなり、いくつかはこのドキュメント映画につかわれている。エンリケ・モレンテはヨーロッパにおける最も重要なアラブ文化のガイド役を務めるとともにフラメンコの伝統からアバンギャルドまでの旅へわれわれをいざなう。ちなみにエンリケは「ロンコ・デ・アルバイシン(アルハンブラ近郊の地区の名)-アルバイシンの嗄れ声」のあだ名を持つ。
アルバムでモレンテはスペインの伝統文学などの文化遺産に大きな興味を示している。これに加え作品「クリスタリナ・フエンテ」には「フアン・デ・ラ・クルス」の一部をとりいれているし、ルイス・セルヌダからは「ドンデ・アビテ・エル・オルビド」を、悲劇の作家ミゲル・デ・セルバンテスからはアルバムのコンセプトともなる「ラ・ウルティマ・カルタ」を生みだしている。
話題はつきない。エンリケ・モレンテは「ラ・アランブラ・ジョラバ」のなかでウトレラを歌っている‐川の柳はベルナルダとともに/アルハンブラ宮殿はフェルナンダを歌いながら泣いていた(引用)
またオラシオ・フェレル、アストール・ピアソラの書いた「チキリン・デ・バシン」もアルバムに収められている。このことからもエンリケ・モレンテのフラメンコは古いわけでも新しいわけでもなく、すべてを包括しているといえよう。
エンリケ・モレンテとともに偉大なるミュージシャンの存在も忘れてはならない。トマティート、エストレージャ・モレンテ、フアン・アビチュエラ、イスラエル・ガルバン、ブランカ・リーのみならずウテ・レンペル、チェブ・カレ、パス・メセニーらの他ジャンルのミュージシャンもコラボレーションしている。
歴史
 アルバイシンからアルハンブラ宮殿をのぞむ
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アルハンブラ宮殿は宮殿であり「本丸」であり、城でもある。13~14世紀グラナダ王国のナザレ王の住まいであり、ダロ川ほとりに位置する。その名はアラブ語の“ qa'lat al-Hamra(赤い城)”に由来する。
今日では ヨーロッパに存在する最も重要なアラブ建築であり、宮殿、軍の地区、アルカサバ(城郭)、町、メディーナ、離宮へネラリフェなどを最高の保存状態で見ることができる。
ここには異なる時代のすばらしい建築物が混在している。ルネッサンス建築によるカルロス5世宮殿はアルハンブラ美術館を備え、数多くの所蔵品を誇る。ベジャス・アルテスと呼ばれる美術館にも注目。
芸術的建築群は森林や庭園、菜園などに囲まれ、美しい。
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